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This is the Kyoto way Vol.02 「雛人形 安藤人形店」

京都を訪れる外国人に向けて英語で京都の情報を紹介するフリーペーパー「ENJOY KYOTO」とのコラボレーションで、新コーナー「This is the Kyoto way」がスタートしました。伝統工芸や食などの個性豊かな京都の文化から、その継承・発展・創造に携わる人まで、通常の観光情報誌とは一味違った、京都の深い魅力を発信します。

 

雛まつりは、旧暦の3月3日におこなうのが正しい?
ひな祭りの起源は平安時代にまで遡る。3月最初の巳の日に「上巳(じょうし)の節句」として、紙の人形を川に流して災厄を払う「流し雛」の儀式が、そのはじまりとされる。その後、それとは別に行われていた平安貴族の子どもたちの「ひいな遊び」とが江戸時代ごろに結びつき、屋内で雛人形を飾るいまの雛祭りに近いかたちになっていったといわれている。
日本では明治時代より前は旧暦が使われており、もともとひな祭りは旧暦の3月3日に行われていた。今年だと3月26日にあたる。つまり本来であれば3月の末から4月上旬頃にひな祭りを執りおこなうのが本式というわけだ。実際に地域によってはいまでも旧暦の3月3日にあたる日、もしくは月遅れとなる新暦4月3日にひな祭りをおこなっているところもあるという。
ところで、上巳の節句というのは「五節句」のひとつで、ひな祭りが「桃の節句」とも呼ばれるのは旧暦の3月が桃の花の季節だから。五節句にはそのほか、正月7日を「人日(じんじつ)の節句」として七草、5月5日が「端午(たんご)の節句」で菖蒲、7月7日を「七夕(しちせき)の節句」瓜、9月9日を「重陽(ちょうよう)の節句」として菊を、それぞれ餅にしたり粥や酒に入れたりして食したことにちなむ。
また、「3月3日を過ぎても雛人形を飾っていると婚期が遅れる」などという話をよく耳にするが、あれはまったくの迷信である。むしろ今年の春は古式に習い、4月3日まで雛人形を飾って、ゆっくりと楽しんでもらいたい。
 
京都とそれ以外の地域では、男雛と女雛の位置が逆になる。
雛人形はどれも同じと思っている人もいるかもしれない。しかし実際には地域によって、いくつかの違いが見られる。
京都でつくられる雛人形は「京雛」と呼ばれ、本物の職人による分業によって丁寧に仕上げられた精緻な芸術品である。京頭と名付けられたぽっちゃりとした独特のお顔立ちが特徴で、眼はキリッと切れ長である。この細く切れ長の眼の由来は、如来や菩薩など仏様のお顔と同じ「半眼」に由来するのだという。
またもうひとつ他の地域と大きく違うのは、左(向かって右側)に男雛(おびな)、右(向かって左側)に女雛(めびな)が座っていることだ。現在では京都以外の多くの地域では、男雛は右(向かって左側)に置くことが多くなっている。
これには、大きな理由が存在する。もともと明治以前の皇室では左側が高位という伝統があり、天皇はつねに左側に立っていた。なぜ左側が高位とされたかというと、古代中国の「天子、南面す」という言葉に由来する。君主は北を背に南に向かって君臨し、政務を司(つかさど)るしきたりがあったのだ。京都は中国にならって造営された都。つまり天皇がいる紫宸殿から南に向いたとき、東山からのぼる朝陽を最初に浴びる左側を高位としたことに由来しているそうだ。実際に京都ではいまも地図上は右(東側)にある区域を左京区、左(西側)を右京区と呼ぶのはその名残でもあるのだろう。
しかし明治以降は英国王室にならうかたちで、天皇も公の場で右側に立つように変化。それにともない雛人形も天皇である男雛を右(向かって左側)に置くことが多くなったというわけだ。
しかし、京都は明治より前、千年にわたって都が置かれてきた土地柄。ゆえに古式に従い、いまも男雛を左(向かって右側)に置くのだという。
 

雛人形

 

雛壇を飾る、それぞれの人形の名前と役割。

男雛(おびな)・女雛(めびな)という呼び名は知っていても、それ以外の人形たちの名やその役割について知る人は少ないだろう。
まず雛壇が七段で構成されているのは、古来より七は縁起の良い数字とされているためだ。なぜ縁起が良いのかといえば、陰陽思想において奇数は陽、偶数は陰とされ、奇数は動的で発展的な数字と言われているためだ。
七段飾りの一段目は、「内裏雛」と呼ばれている。内裏とは天皇が居住する区域のことをさす。いわゆる御所のことだ。女雛は袴をはき、着物を何枚も重ねて上着・唐衣を着て、裳(も)をつけ、ご成婚の儀などの晴れ着である「十二単」を着ている。
 

1段目

左から女雛(Mebina/Empress)、男雛(Obina/Empero)

 
二段目は、内裏様に仕える侍女の三人官女。礼儀や作法、和歌・漢文のたしなみがあるとされている。中央には婚礼の儀などで用いる島台を持った年配の既婚女性が座り、左右にはそれぞれ「加銚子」「長柄銚子」と呼ばれる女性が控えている。左右のふたりが手に持っている「銚子」は、いまでも結婚式の三三九度で使われるものだ。
 

2段目

三人官女(Sanninkanjo)
左から加銚子(Kuwaenochoshi)、嶋台(Shimadai)、長柄銚子(Nagaenochoshi)

 
三段目は、天皇が脳を嗜んだことから、ここには能楽の囃子方をかたどった子供姿の五人囃子(ごにんばやし)が連なっている。選りすぐりの美少年や秀才たちが楽器・謡などの腕前を披露する姿は、元気な子に育つようにと応援する音楽隊だといえるだろう。
 

3段目

五人囃子(Goninbayashi)
左から太鼓(Taiko)、大鼓(Otsuzumi)、小鼓(Kotsuzumi)、笛(Fue)、謡(Utai)

 
四段目は、お殿様を守る随臣(ずいじん)で右大臣・左大臣に分かれて控えている。男雛・女雛に悪者が近寄らないように守ってくれるナイト役を務めている。
 

4段目

随臣(Zuijin)
左から右大臣(Udaijin)、左大臣(Sadaijin)

 
五段目は、内裏様のお供をしたり、庭掃除など御所の雑用をする従者である仕丁(じちょう)。それぞれ「泣き上戸」「笑い上戸」「怒り上戸」の名で呼ばれ、表情豊かな子に育つようにという願いが込められている。
また、いちばん下に敷かれてある赤い布は緋毛氈(ひもうせん)で、緋色は魔除けの色を表している。
 

4段目

仕丁(Jicho)
左から笑い上戸(Waraijogo)、怒り上戸(Ikarijogo)、泣き上戸(Nakijogo)

 
 
安藤人形店の七段飾りを、ショールームで展示中。
現在、マツシマホールディングスの販売店 メルセデス・ベンツ京都中央では、安藤人形店の協力を得て、立派な京雛の七段飾りをショールームに展示中。お客様に風情ある京情緒と雅やかな京文化、そして華やかな季節の風を楽しんでいただく機会としている。
安藤人形店は明治38年に京都で創業した老舗の人形店。初代は紺綬褒章を受章、二代目は黄綬褒章を受章など、数々の表彰を拝受してきたほか、ベルギー王室やタイ国王など世界の国賓にも雛人形を献上し、京都迎賓館にも飾られている名工である。
当然のことながらマツシマホールディングスも、4月3日まで展示する予定だ。美しく立派なお雛様飾りを見に、ぜひ気軽に足を運んでいただきたい。
 

雛人形

 
 

ENJOY KYOTO

安藤人形店

Tel: 075-231-7466
Fax: 075-221-0583
Email: info@ando-doll.com
京都市上京区油小路通丸太町上る来屋町273-2
HP: https://www.ando-doll.com

記事協力: ENJOY KYOTO

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