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This is the Kyoto way Vol.05 「童心に返るか? 子どもと一緒に楽しむか? 日本のお正月遊び。」

京都を訪れる外国人に向けて英語で京都の情報を紹介するフリーペーパー「ENJOY KYOTO」とのコラボレーション企画「This is the Kyoto way」。伝統工芸や食などの個性豊かな京都の文化から、その継承・発展・創造に携わる人まで、通常の観光情報誌とは一味違った、京都の深い魅力を発信します。

 

 

京こま 雀休(じゃっきゅう)

 
世界に一人しかいない、京こま作り最後の継承者。
「祖母の代から始まったので、おそらく創業は1930年代ごろだと思います」。そう話すのは三代目の中村佳之さん。子どものころから祖母や父親から京こま作りを習った。京こまの特徴は他のこまのように木を削り出したものではなく、竹製の芯棒に布を巻いていく製法で作られていること。16世紀ごろに宮廷貴族の女性たちが着物の切れ端を棒に巻いて、クルクル回して遊んでいたのが始まりとされ、現在は木綿糸を平たく固め染色した紐を使っている。まるで漆塗りのように見える光沢は、巻いた後で表面をアクリル樹脂でコーティングしているためだそうだ。
佳之さんが本格的に京こま作りを始めたのは17年前。当時、一般企業に就職していた彼は、父親が廃業したことで京こまを作れる職人が一人もいなくなってしまったことを知った。そこで彼は勤めていた会社を辞め、京こま製作を再開。それまで太秦にあった制作工房を12年前に二条城や神泉苑なども近く観光客の多い現在の場所に移し、店を構えた。直接お客さんへの販売や、小学校はじめ制作体験や実演販売なども始めたところ少しずつお客さんが増え、最近ではメディアの取材も多くなった。なにしろ佳之さんは、いまや世界にたった一人しかいない「最後の京こま職人」なのである。

 

京こま雀休 三代目の中村佳之さん

京こま雀休 三代目の中村佳之さん

 

木綿糸を平たく固め染色した紐を巻いて作る京こま

色鮮やかな錦紐を芯に巻き重ねて作られる「京こま」は京都の伝統工芸品

 
お正月のこま回しは、幸福を呼ぶ、縁起のいい遊び。
もともとこまの歴史は古く、紀元前1500年ごろにエジプトで見つかったものが世界最古といわれ、日本には6世紀ごろに中国から伝わったとされている。古くから日本では、芯がまっすぐに立って回るその姿から、こまには「世の中がうまく回る」「金回りが良くなる」「子供が独り立ちできる」「頭の回転が良くなる」など、いろんな意味が与えられ、とても縁起のいいものだとされてきた。そのため、年の初めにこまを回して遊んだり、部屋に飾ったりする習慣が定着した。
京こまは他のこまと違い、お座敷で遊ぶためのものだったこともあり、紐は使わず、指先で芯を回して遊ぶ。一見地味な遊びだが、独特のコツがあり、指先に神経を集中させてまっすぐに回すのはなかなか難しい。子どもたちと回し合いっこをし、うまく勢いよく回せるとけっこう盛り上がる。京都らしい子どもの玩具としてはもちろん、お部屋のインテリアとして、あるいはお土産にもピッタリだ。

 

京こま(大)

京こま(大) 3,300円(税込)
もっともトラディショナルでベーシックなタイプの京こま。

さくら舞こまセット

さくら舞こまセット 3,520円(税込)
桜をモチーフにした直径3.5cmほどの可愛らしい小型のこまをセットで。

キャラクター京こま

キャラクター京こま 3,600円(税込)
京都市営地下鉄のイメージキャラクターとコラボしたユニークなこま。

 

 

 

京都市中京区 | 京こま専門店

京こま 雀休(じゃっきゅう)

 075-811-2281
京都市中京区神泉苑町1
地下鉄東西線二条城前駅から徒歩5分, JR嵯峨野線二条駅から徒歩10分
営) 11:30~18:00
休) 月曜日、火曜日
 
取扱ショッピングモール https://www.shinise.ne.jp/jakkyu/

 
 

船はし屋(なつかし楽しお菓子・玩具)

 
昔ながらのお菓子や玩具が並ぶレトロな商店。
創業は1938年。現店主・辻誠一さんの父親である誠三郎さんが、寺町二条にある本家船はしや総本店から分家し、豆菓子の製造・卸とお菓子の小売店としてスタートした。その後、兄の喜兵衛さんがいったんは店を次ぐも教職の道へ進み、1966年から誠一さんが引き継いだという。それ以来、およそ50年ものあいだ、妻とふたりで店を切り盛りしてきた。半世紀というのは、もはや歴史と呼ぶにじゅうぶんな長い年月である。
駄菓子屋さんと呼ばれるこうした商店の魅力は、飴やガム、スナック、チョコレートなど小分けされた安いお菓子が店内狭しとひしめき合い、その中から自分の好きなお菓子を選んで買う楽しさである。かつて子どもたちは少額硬貨を握りしめ、それほど多くないお小遣いの中から駄菓子屋さんでお菓子や玩具を買うことがなによりの娯楽だった。店主のおじさんに叱られたり、よその学校の子どもとの諍いがあったり、駄菓子屋さんは子どもらにとって家庭と学校以外に存在するもうひとつの小さな世界であり、ここで社会のルールを学んだものだった。しかし大型菓子メーカーの大量生産品やスーパー、コンビニエンス・ストアの拡大に押され、こうした駄菓子屋さんは減る一方だ。誠一さんも、彼自身もしくは彼の妻が倒れたらこの店は終わりだと断言しているのは寂しい限りだ。
 

船はし屋 辻誠一さん

船はし屋 辻誠一さん

 

船はし屋が扱っている駄菓子

店内に並べられた商品は駄菓子と玩具で2,000種類を超える

 
男の子は凧を揚げ、女の子は羽根つきに興じる。
駄菓子屋さんにはお菓子だけではなく、凧やキャラクターお面をはじめ数多くの子供用玩具が並ぶ。とくに凧について誠一さんは数百点を誇る凧を所有していたコレクターでもあったという(保守・管理ができないとの理由で、現在はそのほとんどを米国のドラッケン財団に譲渡してしまった)。かつてお正月の外遊びの定番といえば、男の子は凧揚げ、女の子は羽根つきだった。正月に凧揚げをする理由には諸説あるが、「立春(旧暦の正月)の季に空に向くは養生のひとつ」という古い言葉に基づくものとする説が一般的だ。いっぽう羽根つきとは「羽子板」と呼ばれる木製ラケットで羽根を打ち合い、打ち損じると墨を顔に塗られるバドミントンのようなゲーム。もともと羽根の先はムクロジの実で作られていたのだが、ムクロジを漢字で「無患子」と書くことから厄払いや子どもの健康祈願という意味が込められていたという。
近年ではそうした習慣も廃れ、広場や公園で子どもたちが凧揚げをしたり、羽根つきをする姿を見る機会は減ってしまった。だからこそ、いまや失われつつあるオールドスタイルな駄菓子屋さんで凧と羽子板を買い求め、日本人自身が忘れかけている日本の伝統的なお正月遊びに興じてみてほしい。そこには日本の、それも庶民の暮らしに息づいた、ガイドブックには載っていない文化を、身体で感じ取ることができるだろう。
 

和凧

和凧 800円〜(税込)

羽子板&羽根セット

羽子板&羽根セット 900円〜(税込)

京都市下京区| なつかし楽しお菓子・玩具

船はし屋

 075-351-5742
京都市下京区寺町通綾小路下る中之町570
阪急京都線河原町駅から徒歩5分, 京阪本線祇園四条町駅から徒歩8分
営) 平日:午後 1:30〜午後6:00
   土日祝:午後1:00〜午後6:00 
   ※日によって変動あり
休) 木曜日(祝日は営業)
 
HP http://www.funahashiya.jp/

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